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作者:タイツの人さん
投稿日時:2006/10/06(金) 16:48:35
備考:おうまとの決闘。そして意外な事態に・・・



鬼はくの一を暴食して血を拭うこともせずに次なる標的を狙う。
…前にクルリと向きを変えてふてん丸の方を見た。
「!」
ふてん丸は心臓を鷲掴みにされた思いがした。
いっそのこと気絶しっぱなしのあしもを喰らってるうちに逃げようか、などと考えていたのに
肝心の鬼がわざわざこっちを見つめてきてしまったのだ。
…太刀が通るだろうか。何せ相手は化け物だ。先のうづきの最期が脳裏をよぎる。
圧倒的な怪力。人身を事も無げに噛み砕ける顎。野に棲むどんな獣より恐ろしい眼差し。
絵でしか見たこともない架空(のはずの)存在と、こうして相対する羽目になるとは。
ふてん丸の脳内を、いつもの倍の速度で物事が行き交う。
「ふふふ…恐れていますね…」
と、そんなふてん丸の思考を聞き苦しいだみ声が中断させた。
「しゃべれるのか」
「もちろんです。ちょっとお行儀が悪かったかもしれませんね」
ボタボタとうづきの残滓を口からこぼす鬼に行儀の"ぎ"の字もない気がする。
「ともあれ、これで私の命はあと3つに戻りました。うづき様のお陰です」
かなり聞き取りづらいが鬼の姿のおうまはハッキリと人間の言葉を紡ぐ。
見た目は正に怪物。山賊も裸足で逃げ出すどす黒い巨躯。髪の間から角が生えている。
だが意思は人間そのもの、いや、こいつはこういう"ヒト"なのか…とふてん丸は理解した。
「喰らった命を我が物とする…というわけか」
「はい。血肉は我が身のそれとなり――魂は我が魂と共に。」
鬼は解りづらい表現をする。うづきはおうまに吸収された、と考えるべきなのだろうか。
「さて、あしも様はこの通りいつでも食せます。まずは貴方を始末するとしましょう」
などと、おうまが聞き捨てならないことを口走った。
――やはり次の標的はふてん丸、と目したようだ。

「どうやらうづき様の一太刀は私に死を与えられなかった様子…無駄死にですね」
笑って…いる様に見えない顔の歪み方にふてん丸は苦笑いを浮かべる。
おうまの視線の先を見ると、確かにうづきが刺した傷が目に見える速度で塞がっている。
あれもうづきの血肉がおうまの物となっている証なのか。
「3つ、と言ったが割と蓄えが少ないようだな…おうま殿」
太刀を構えて見せながらふてん丸が嫌みを言う。けん制ではなく、冗談のつもりだ。
「いえ、私はまだ若輩ですから。3つ以上は内に秘められないようなんです」
それは恐らく感覚的なもの――それがどんな感じかは知る由も無いが――なのだろう、
おうまは少し曖昧な調子で返してきた。
「年長者の方はそれこそ怪物ですよ。100以上の魂を抱える方もいますから」
「…大所帯だな」
ふ、と笑みを無理やり浮かべながらふてん丸が距離を考えた。
相手は大柄だが怪力の前では木の牢は楯になり得ないかも知れない。
むしろかえって危険かも…どっちにしろ瞬発力が知れない。
「抵抗するつもりですよね?…え~と」
「ふてん丸だ。以後よろしく。ところでおうま殿」
「なんですか?命乞いなら聞き捨てますが」
「いや、ちょっと気になることがあってな。喰われたもの自身は一体どうなるんじゃ?」
「さあ…時々夢に出る程度ですね。死にきれてないから化けて出てるんだと思いますが…」
鬼は正に鬼気迫る姿なのにどこかとぼけた仕草で頭の上に「?」を浮かべる。
あれほど無残に喰われ尽くしてなお鬼の内部で苦しむ続けるとは…惨い。
ふてん丸は先に喰われたうづきと、そして他の者たちが少々哀れに思えてきた。
「ちなみに犬猫の類は食料にしかならないです。人でないと魂魄としては使えないらしいです」
おうまは思い出したかの如く話を付け足してきた。

「さて、そろそろ丑三つ時…逝く時に迷われぬようお気をつけて…」
鬼がだみ声で挑発してくる。口調以外は女子とも人間とも思えぬ異形が迫る。
ふてん丸は近づきすぎぬよう距離をとるが、鬼の腕(かいな)は真っ直ぐ伸ばせば
大人の男の身長ほどの長さになるだろう。引っ掻かれるだけで肉が削がれる。
慎重にならざるを得ないが時に大胆にならねば斬ることは出来そうもない。
鬼の後方のあしもは――まだ伸びてる。いや、寝ているのか?あれは?
「うにゅ…」と件のあしもが寝返りを打つ。
その一瞬、鬼の意識が後方へ移った。
『今だ!』ふてん丸はこの時を逃すまいと好機を迎えたことを喜ぶ声を口内に秘めながら
口に中に何かを含んだ。
鬼は本の少し視線を後ろにくれただけですぐにこちらに向き直る。
「ふふっ。やっぱりあしも様はのん気です。後が楽しみですよ」
ニヤニヤ(しているように見えない)しながら鬼が舌鼓を打つ。
いつもなら何か皮肉でも言ってやろうと思うふてん丸だが今回は黙っていた。
それを恐怖と緊張のせいだろうと思ったおうまは嘲笑混じりの笑みを浮かべて爪を走らせた。
…刹那、ふてん丸が口から先ほど含んだ何かをおうまの紅い眼に向けて吹き出す!
「――!」おうまがそれに気付くのと自身の目玉が数本の"針"に貫かれるのはほぼ同時だった。
「ぐっ!」痛みよりも視界を潰された苦渋で小さく悲鳴を漏らすおうま。
爪は狙いを大きく外れて木の牢を粉々に引き裂く。
その様を見て「やはり身を防ぐ役にも立たぬか…」と思わず呟いたふてん丸の声を
鬼は耳ざとく聞きつけた。片方の眼だけで声のほうを探し、動く物にもう一方の爪を向ける。
それは武将の使う長槍よりはるかに太く鉄槌の如く力強い、当たれば人など肉の塊と化そう。
だがふてん丸は忍者として数多くの修羅場も経験してきている。
おいそれと貫かれはしないが、場が少々狭すぎる。壁や牢の残骸が行く手を塞いだ。
おうまも動き回るのは難しいことが分かっているので動かずに長い腕だけで攻撃する。
眼前の修羅場を前に、あしもはただぐっすりと平気な様子で眠っているだけであった…

恐ろしい勢いで豪腕を振るうおうま。遠巻きに周りをうろついて好機を窺うふてん丸。
どちらも疲れは全く見せず、集中しあっている。
やがておうまの眼から針が"自然に抜け"て潰れた瞳が光を取り戻し始めた。
その人外ぶりと再生のおぞましさに寒いものを感じながらふてん丸は次の手を考えた。
試しに手裏剣を放ってみるが恐るべき動体視力が飛んでくるそれを捉え、掴んだ。
「げっ!」思わず驚嘆の声を発するふてん丸。笑って手裏剣を返すおうま。
鬼の大きな手から放たれた手裏剣は性格にふてん丸に頭の少し上を通過して石の壁に刺さる。
「そんな玩具で私は倒せませんよふてん丸様。それに…私も一応くの一です」
それまでの力任せから一変、精密な投擲を行ったおうまの腕。ふてん丸は連投を控えた。
(一つだけいいものがあるが…今は使いづらいな…)
懐の"奥の手"も投げ物なのだが先ほどの調子を見るにその場で使っては逆にこちらが危うい…
火の気も水気も無いので火遁や水遁は使えず、地面は石畳ゆえ土遁も無理。
室内なので風遁も起こしづらい。残念ながら晴れている故に雷も呼べぬ。
詠唱で雲を呼ぶという高度な技はふてん丸には無い。
「困っていますね…この場では術も使えますまい」
おうまもくの一なので忍の使う手は粗方見当がつく。ちなみに、彼女も高度な術は使えない。
「こちらの武器も通じぬとなると、後は…」
「互いに正面から斬り合うしかないでしょうね」
ふてん丸は脂汗と冷や汗を流しながら剣を構え直した。おうまも応じる。
鋭い爪を前に臆しているのではない。自身の剣の腕に自信が無いのだ…
「正面からは、御免被るっ!」
切羽詰ったふてん丸は半分やけくそで足元に煙り玉を叩きつけた。
「―――!…往生際の悪い!」
再び視界を塞がれたおうまは相手が逃げたか、虚を突いて斬りかかって来るか判断しきれず
その場に留まるしか出来なかった。構わずこの巨体で動いも狭い通路でぶつかるだけだ。
彼女はじっと煙が晴れるのを待った。

煙はすぐに晴れた。おうまはふてん丸の汚さに少々の苛立ちを覚えながらも
焦らずに時の刻みを数え―――煙の中からふてん丸が現れる様を見て豪腕を突き出した!
「甘い!」「――のはそちらだ間抜けが!」「!?」
ほんの一瞬のやり取り。大木の如き太さの腕の上で跳ねるふてん丸が再び煙り玉を放つ。
今度は眼前で火花を散らして白煙を噴く。攻撃ではない、嫌がらせか。おうまがたじろぐ。
ふてん丸は白煙に包まれる狭い牢の中で鬼の体の周りを這いながら回り続け、攻撃をかわす。
斬り込むことは敵わないが、こうしていれば喰らうこともない。
傍から見れば苦し紛れ(実際そうなのかもしれないが)だがその実、ある隙を狙っているのだ。
ぶんぶんと手当たり次第に腕を振るうおうまは攻撃下手だ。
恐らく本格的にその力で戦闘に臨んだ経験が浅いのだろう。ふてん丸はそう感じた。

そしてその見解は当たっていた。おうまは、鬼の力を使った戦いに不慣れなのだ。
若年ゆえに未だに"知ることも知らずにいる"おうまはその大いなる力を扱いきれていない。
彼女が主任務に就けない理由がここにあった。要するに、隠密としては使いづらいのだ。
現にこうして牢の中は大騒ぎだ。これがもし城内ならたちまち怪物退治が起こること必至。
くの一としての能力も判断力も並以下なのでまともに忍とやり合うとまず勝つことが出来ない。
だからこそうづきたちに力を悟られなかったのもあるわけだが…
今回は"牢の場所"もあって"上"が試験的に彼女を出したに過ぎなかったりする。

「……があああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ついに痺れを切らして咆哮しながら腕を振るい壁ごとふてん丸を粉砕せんと尽力するおうま。
――本人には先に述べた"上"の評価に対する自覚が足りないことも付け加えておかねばなるまい。

そうこうしているうちに、遂にふてん丸は鬼の頭の上に達し、人の胴ほどもある首を両脚で蟹ばさみにした。

「持久戦は焦らした方の負けでござるよ、おうま殿!」
それを決め台詞にして、ふてん丸は鬼の脳天に向けて思い切り刀を振るった。
ドスッ!…手応えあり。さしもの鬼の皮も鋼を弾くほど硬度があるわけではなかった。
「ぎゃああああ!」
たまらず悲鳴を上げるおうま。脳天に達した刃の先端がおうまの頭脳を掻き回す!
「いっかな鬼といえど此処が壊れればまともに動けまい!」
ふてん丸は吹き出す赤い血をもろに浴びながら更なる力を入れる。
ガツッ!刀が何かに当たって止まった。…頭蓋か。ふてん丸は即座に刀を抜き放った。
「げぁ……おげ……」
おうまが定まらぬ視点をさ迷わせる。命の蓄えが3つもあるとはいえ、全ての制御を司る
脳を破壊されては正常な動きも判断も思考も間々ならない。
自身の血で濡れながらおうまは後ろに倒れ、ズズン、と地を揺らした。
「はにゃっ!?」
その衝撃でようやくあしもが目覚めたようだ。飛び起きて辺りを見渡している。
見れば、うづきはいない。鬼――おうまは血だらけで倒れている。そしてふてん丸も血みどろだ。
危うく二度目の気絶を向けそうなあしもは何とか気を張ってそれを防いだ。
が、血の気は引きまくっている。青ざめた表情で言葉を紡ごうと努力してみる。
「な、なななな…ここ、これははは??」
が、まったく話になってない。そこでふてん丸があしもの起床に気付いて声をかけてみた。
「む。よう、あしも殿。お早うでござる」
着地した先であぐらをかいてあしもに挨拶するふてん丸。
おうまはあしもを避けて倒れ伏したため彼女に怪我は無かった。
というか先ほどの争いの中、よく無事だったものだ。ふてん丸は呆れを通り越して感心した。

「これは、一体?」
あしもは頭の上に『?』をいっぱい浮かべながら現状の把握に努めた。
確か自分はふてん丸さんから道具を返してもらって、それでとりあえず牢を破ろうとして、
そしたら逃げ場所が無いのに気付いて…あ~、わたし吹っ飛ばされて気絶してたんだ~。
――と、そこに至ったところであしもは傍らで伸びているおうまに声をかけてみる事にした。が、
「ししし、死んでるぅぅぅぅ!!!」
当のおうまは頭から血を流し、白目をむいている。どうみても死体だ。
彼女に殺されそうになっていたのも忘れてあしもは慌てて頼れるくの一を探した。
だが、見当たらない。仕方なく向こうで座って一息ついているふてん丸に恐る恐る尋ねてみる。
「ううう、うづき様は?」
「…残念ながら、おうま殿に…殺され申した」
ふてん丸は少しうな垂れながらうづきの死に様をありのままに述べた。
それを聞いた瞬間、あしもの脳天に電撃的な衝撃がほとばしった!
「そ、そんなぁ~」
声はいつもの調子だが彼女は確かに哀しんでいる。知らぬ間にそんな恐ろしいことが…
「ついでに言っておくがそこな鬼めは完全に死んだわけではござらん。早々に離れられよ」
「ふぇ?」
半泣きであしもがきょとんとした顔を向けた直後、
「う…や、やってくれましたね…」
傍の死体がそう呟きながら蠢いた。あしもは吃驚して飛び起き、牢の隅で小さくなった。
「これで今日2度目の死亡、じゃな。気分はどうだいおうま殿」
「ふふふ。うづき様のお陰で命はあと2つ…あしも様も起きられたようですし、すぐに――」
あしもは血にまみれたおうまの眼光で一気に縮んでしまい「ひぃ」と情けない声を上げる。
「――新たな魂魄をこの身に 「おうま殿」
と、唐突にふてん丸が割って入ってきた。おうまが『ん?』とばかりに表情を曇らせてそちらを向く。

その瞬間には口内にクナイが飛び込んできていた!

「がぼぉ…!?」
避ける間も無くクナイを思いきり口に含んでしまったおうまは混濁気味の意識を更に困惑させてしまっている。
「あしも殿、伏せられよ!」
「ふぃ?」
ふてん丸が身を屈める様子を見て訳が分からないままあしもも応じる。頭の中の『?』印は増える一方だ。
そして、一瞬おうまの口内が鮮烈な光を放ったかと思った直後、

ドオォン!と爆音を轟かせながら鬼のいかめしい顔面が木っ端微塵に吹き飛んだ。

巨体は激しく振動し、起き上がった上半身が弾かれるように揺れ動いて石畳の上に再び叩きつけられる。
その凄絶な様を見てあしもが「きゃああ!」と珍しくまともな悲鳴を上げ身体を縮めて飛び交う破片から身を守った。
「またまたやらせていただいきました、でござる」
調子に乗って冗談めかした口調でふてん丸がべろを突き出した。
先ほど温存した奥の手の『火薬入りクナイ』による不意打ちは見事に功を奏し、おうまに今夜3度目の死を与えた。
爆発の影響で天井からパラパラと埃が落ちる。あしもは身体に破片やら何やらが触れるたびに「はぅ~」などと漏らしている。
「これで残りはあと一つ。はたしてこれはおうま殿自身の命のことなのか。それとも"余りが一つある"ということなのか……む?」
ふてん丸が先のおうまの話に考えをめぐらせているうちに頭部を失った鬼の体が見る見るうちに萎んでいく。
獣化が解けている。それはあしもの潤んだ目で見ても明らかだった。
黒光りする巨躯が目に見える速さで縮んで、元の少女の体型をとっていく。
不安定に凹凸を繰り返す中でおうま自身の可愛らしい顔が肉の中から這い出てくるのをふてん丸は見た。
すぐに蘇生するのか…ふてん丸は再び刃を構え、あしもは何が起きてもいいよう縮こまった姿勢のままで小さく控えめに身構えてみる。
やがて完全に少女の身に戻りきったおうまはゆっくりと起き上がり始めた。
鬼のときとは正反対に、年頃の乙女としてはやや痩せ気味の身体は何も身に着けておらず、全裸だ。
その柔肌には土の汚れこそあるが、傷は一つも負っておらずこれまでの攻防を感じさせない。
ふらふらと貧血でも起こしたかのように青ざめた表情で呆けている。
ふてん丸もあしももやや拍子抜けしたが、おうまが両足ですっくと立つのを持て再び気を引き締めた。
が、その口からは意外な言葉が出た。

「あ、あれ……どうして、戻っているんでしょう?」

おうまは訳が分からなかった。何故、どうして、この身が人に戻っているのか。
『自分の命の余剰は自身の物を外して"三つ"。いつか食べた酒臭い殿方のが一つ。先日倒した他所の忍者のが一つ。うづき様のが一つ…』
最初にうづき様に刺し殺された時のは『上…お頭に命ぜられて食したくの一のもの』である。
それは無意識に内から離れて逝ったから感じられる。
ふてん丸に頭を斬られて…その辺りからの認識が曖昧なのだ。自身が分からなくなるという感覚が判らない"感覚"。
あれは…なんなんだろう。ふてん丸のとった意外な攻め方はおうまに混乱をもたらしていた。
さらに連続して頭脳を粉砕された。そのせいで再び収拾がつかなくなった。

失われた二つの命は誰のものだろう……?

「……様?」
誰かが何かを言っているのが耳に入る。それでおうまの思考は途絶した。
「…うま様ぁ~?」
この変に間延びした声。これはあしもだ。我に返ってそちらを見つめる。
あしもはおうまの裸身を見て本の少し顔を赤らめている。おうまは隠すことまで意識が向いていない。
ふてん丸は…まじまじとこちらを観察している。おうまは見る見るうちに羞恥心を抱き始めたまらず両手で胸を隠した。
「な、なななに見てるんですかふてん丸様!」
「無論。何を見ている。うむ、見事じゃ」
あしもは女性同士だし風呂に共に入った中だから別に何とも思わない彼女だったが、殿方に見られることには耐性がなかった。
今度は他の所が丸見えになってふてん丸の前に晒される。彼は「眼福。眼福。」と鼻息をやや荒げて興奮している。
「ふてん丸さんって助兵衛(すけべえ)さんだったんですね…」
上から下までまじまじと見つめるふてん丸にあしもが珍しく"他人に向けて呆れる様子"を見せる。いつもなら呆れられる側だというのに…
「その様子だと、何ゆえ元に戻ったのか理解しかねているようだな」
助兵衛ふてん丸が鼻息を抑えて真面目くさった顔になっておうまに問う。あしもも調子を戻しておうまを見つめた。
「それが……痛ぅ…」
自分にも分からないんです、と続けようとしたおうまを、突然の頭痛が襲った。
思わず胸を覆っていた手を額にやる。ふてん丸とあしもは不審なものを感じとった。
「…おうま様?どうかしたんですかぁ?」
「い、いえ。大したことで―――あっ」
軽い目眩を覚えながらも、おうまは気丈に振舞おうとして、前に無防備に倒れた。

不意に倒れるおうま。ふてん丸もおうまも「あっ」と声を合わせて驚く。
おうまの意識は再び混濁すえる。地面に倒れる直後、意識を失う直前に目に入った砕けた石。それが彼女の頭を強打した。
ガン!と音が聴こえてあしもが更に吃驚して駆け寄る。本来なら自分は命を狙われている身のはず。
だが目の前で仲間が倒れたのを見て見ているだけでいられる彼女でもない。
「ああ゛……うぐ……ぅ…………」
おうまは頭を抑えることもせずに呻き、そのまま眠るように意識を失った。頭からは血が流れている。打った時に怪我を負ったようだ。
「あわわ。おうま様~」
あしもが慌てふためいている。見かねたふてん丸が傍に寄って来た。
どうしようか迷っているあしもの脇から出てきておうまの様子を見る。
2度も脳を吹っ飛ばしたのが効いているのかもしれない。ふてん丸はそう思いながら彼女に触れる。
彼女の肌の体温は低く、ひやりとした触感を与える。だが、ふてん丸はすぐに異変に気付いた。
―――息が弱い。
ふてん丸は急に本気になって彼女の首もとに手をやる。あしもが余計に慌てているが取り合っている暇はなかった。
「…おうま殿?」
…返事はない。指先から感じられる脈がどんどん遅くなっていく。打ち所が悪かったのか…
やがて、おうまの息も脈も、止まってしまった。
(こんなに簡単に、死ぬものなのか)ふてん丸は心外な気持ちだった。
だが果たして、彼女の命はどうなったのか。彼は冷静さを取り戻して先ほどの思考を再開した。

ふてん丸は知らない。おうまの命があと一つあることを。あと一つ、彼女自身の命があるはずなのだ。

だが当の本人は地面にうつ伏せに倒れたままぴくりとも動く気配がない。
あしもは余りにもあっけなさ過ぎる死を遂げた彼女の身を心配して顔を撫でている。
「―――どうやら、本当に最期のようじゃな。おうま殿…」
ふてん丸が彼女のうっすらと開いている目を指で閉じてやって、すっとその場に立った。
「あしも殿、牢がこの有様ではこのままこの場にいるわけにもいくまい」
「…え?」
ふてん丸の声にあしもが顔を上げる。その、すがる様なあしもの表情に苦笑しながら彼は手を差し伸べた。

牢は惨憺(さんたん)たる有り様だった。牢は砕け、地面はおうまやうづきの流した血で染まり、頑丈なはずの壁が抉れている。
さらに囚われていたはずのくの一の姿が丸ごと一人分消え、その代わりに闖入者たるおうまの遺体が倒れている。
ふてん丸とあしもはその光景を痛ましい気持ちで振り切り、地上を目指した。
あしもを先導するため、ふてん丸は前に出た。あしもの服は爆発等諸々の影響でズタボロだ。そっちも工面しないと…
「――あっ」
と、出口の傍まで来たところで後方のあしもが地面の出っ張りに躓いて転ぶ。どんくさいな、とふてん丸が笑みをこぼす。
「ほらほら、大丈夫でござるかあしも殿」
苦笑しながら後ろを振り向いてあしもを助け起こそうとしたふてん丸は、ふと牢の方を何気なく見た瞬間に違和感を覚えた。
……なにか変だ。そう思って目を凝らし、彼はその牢の惨状の上に"あるはずのものがない"ことに気付いた。
――――おうま殿の遺体がないっ!
「あしも殿!走るんじゃあ!」
「え?」
ふてん丸は得体の知れぬ予感に襲われてあしもの背を押す。あしもは訳が分からず後方を見て――ふてん丸と同じ不安を抱いた。
「あっ。お、おおおうま様が!?」
「そうじゃ!はよぅ!……!?」
その瞬間、頭上から何かがふてん丸を襲う!爪のような刀のような、とにかく何かがふてん丸の肩口を切り裂いた!
「うがぁっ!」
訳も分からずその衝撃で吹き飛ばされたふてん丸はたまらずあしもを巻き込んで倒れた。
ここにきて月明かりが暗くなって前方の視界を不確かなものに変える。
「おうま殿か!?」
ふてん丸は声を張り上げるが応答がない。代わりに第2の刃が降ってくる!
負けじと刃を振るって正体不明の一撃をいなす。さらに蹴りを敵がいるであろう方向に向けて放ったが…手応え無し。
ただふてん丸に数滴の血が滴った。これはおうま殿が頭から流しているものではなかろうか。
「そんな手負いで暴れてどうする!もう無意味なことはやめるんじゃあ!」
あしもは怯えてふてん丸の裾を掴んでいる。ふてん丸は相手の位置も分からず、ただ2度の襲撃が上だったことから天井に向けて叫ぶ。
と、月明かりが再び牢を照らす。
荒れまくった内部を複雑に入り組みながら照らす光が、やがて天井にまで届く―――そこに、彼女はいた。

     うりりりりりりりりりりりいいいいい
「―――烏璃璃璃璃璃璃璃璃璃璃璃夷夷夷夷夷いいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!」

天井に爪を立てて水平にへばり付いている全裸の女体。長い髪もまるで吸い付くかのごとく壁に向けて沿っている。
胸の膨らみはかつてのおうまのそれより大きく、おうまより長く麗しい両脚がすらりと伸びている。
そして顔はより大人びたものに――…そこまで見て、あしもが驚愕の表情を浮かべる。それはふてん丸も同じだった。

「―――――うづき殿っ!?」


















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